※魔王ルート後。


目の前に繰り広げられる凄惨たる戦場は
どう考えてもまずい、
マズイ、という表現以外云い様が無い。
羅刹はごくりと息を呑み、滴り落ちる汗をぬぐいながら
携帯電話のボタンを押した。
最終手段である。

「もしもし・・・直哉」
1コールで出た兄は流石であるが、
後の展開を思えば何をされるか、
しかしこの場を凌ぐ為には仕方あるまい、
羅刹、ついに直哉に泣きついた。
「あのさ、ちょっとマズイことが、」
『なんだ?まだ打ってたのか』
直哉の呆れた聲に、ああ、まあ、云、などと曖昧な
返事をしながら羅刹は煙草に火を点けた。
事の始まりは先週カイドーが何処かからか
雀卓と牌のセットを拾ってきて、
そこから面子を集めて打ち始めたのだが、
ついつい嵌りこんで仕舞い、少なくとも此処3日ほどは
ずっとヒルズ付近の雀荘と化した元カラオケ店に
籠りっ放しであった。
そうしている内に必然的に高位の悪魔達も面白がって集まり、
今では支配人と化した悪魔までいる始末でそうなると
賭博も絡んできて、高レート麻雀になって仕舞うのは
悪魔らしいといえばそうであった。
そんな中張り切って打っていたのだが、
どうもまずい、雲行きが大変まずい、
「ちょっと、手貸してくんね?」
どうにかそう洩らせば直哉が電話越しに溜息を吐いた。
『いくら負けてるんだ?』
「え・・・と、三くらい・・・」
『三百か?』
云っとくけど三百円じゃないぞ、通貨はマッカだ。
そして三百マッカでもない。万単位の話である。
そもそも三百万くらいなら直ぐに返せるのだ。
「いや・・・も、ちょっと・・・」
『なんだ?三千か?この間の小遣いはどうした?』
魔王だって買い物はするのである。
十分すぎる金額ではあるが、事態はそう上手くは行ってくれない。

「三億ほど・・・」
電話口で直哉の盛大な溜息が聴こえた。
「いや、いくら俺が魔王でもこのまま負けて払わないわけにはいかねーし・・・」
当然である。マッカ踏み倒す魔王なんて最悪である。
羅刹にもプライドはある。(負けこんで直哉に泣きつくプライドではあるが)
『当たり前だ、面子は?』
「一昨日の面子とカイドーの代わりに・・・」
そこで聲が掠れた、今までのことを考えてもいくらなんでも相手が悪すぎる。
「間口(2号)居んだけど・・・」
負けこむ羅刹に、にこにこ笑顔で「今ならお得な間口ローン開設するよv」
勿論お代はカラダでvなんて言葉も追加したようなヤツだ。
現に今までも散々未遂もある。
このままだと最後までヤられる。
直哉とのことを考えても、このチャラ男に頼るのは危険すぎた。
しかも今連荘でヤツが親なんだぜ、
俺このままだと絶対こいつにお持ち帰りされる・・・!
そんな危機的状況が15の時以来頼み事なんてしたこともなかった
羅刹に「助けてお兄ちゃんコール」をさせた。
考えてもみろ、このままチャラ男に泣きついて借金を払ってもらえば
この男に脚を開く羽目になる、そうなれば当然直哉にも隠し通せる筈もなく
(元来子供のころから隠し事は全て直哉に看破されている)
バレてチャラ男と寝たことについてのお仕置きと称したプレイがあるに
違いない。どうせヤられるなら、相手は直哉一人の方がいい。
二人を相手になど身がもたない。
そういった計算は出来る羅刹であった。
しかし直哉もそうそう羅刹の尻拭いばかりもしていられない。
それにこの愚弟、懲りるということを知らない。
普段は力も運も強いクセして、遊びの賭け事になるとからきしなのだ。
どだいこの弟は北条家という特殊な環境で育った所為もあり
金銭感覚がまるで無い。金に執着が無いのは結構だが、
無尽蔵にこうして魔王らしく散財されれば一応は機能している経済が
混乱する。浪費する様は魔王らしいといえばそうだが、羅刹のこの
無駄な浪費癖は承服しかねた。ある程度は目を瞑っているが限度がある。
困るということを体験していないから巨額の金を動かすということに
何も思わないのだ。少し仕置きが必要である。
直哉は眉間の皺を指で揉み解しながら電話口の弟に言い放った。

「少しは痛い目をみろ」

ぷつり、と非情にも電話は切られて、
羅刹最後の頼みの綱も潰えた。
蒼白になりながら目の前で、「はい、いつでも頼ってねーv」と
灰皿を差し出すチャラ男ことロキ(通称:間口2号)に
いっそこいつの手に煙草の火押しつけてやろうかとも思ったが
それはそれで喜びそうなので自制した。
「まだ半荘残ってる・・・!」
負けてたまるか!と云えば、にやりとロキが哂い、
だから君のそういうところが好きなんだよね、とかなんとか
わけのわからないことを呟いて、この膨れ上がった羅刹の借金が
更にどれほど増えるのか試算しだした。
それに舌打ちをして羅刹は最後の勝負に挑む。
18歳の若さは無謀であった。

これで終わりかどうか決まる・・・
まだ勝負はあるけれどもう限界だった、
今捨てる牌で勝負は決まると云ってもいい、
羅刹は震える手で迷った挙句左端の牌に手を伸ばしたところで
フン、と鼻で笑う音が聴こえた。
「無様だな、羅刹」
「直哉・・・!」
振り返れば兄だ。絶対来ないと思っていたのに、
見捨てられたと思っていたのにどうやら来てくれたらしい。
無論面子にロキが混ざっていなければ直哉も来なかっただろう。
痛い目を見ろと云っておきながら、羅刹が目の前の男と
自分の与り知らぬ処でどうにかなっていたら嫉妬の炎で
世界さえ滅ぼせそうな男なのだ。直哉は。
結局弟を甘やかしているな、と思いつつ直哉は
羅刹を押しのけ卓に座り、煙草に火を点けた。
既に先程電話した時よりも借金は膨れあがっている。
「よくもまあこんなに負けこんだものだ、レートは?」
「今は風速10」
「ではその倍のレートで、直ぐに取り返してやる。高くつくぞ羅刹」
云うやいなや、羅刹が捨てようとしていた牌を手に戻し、
その場を乗り切り次回から直哉が点棒をどんどん稼ぎ出す。
攻勢に出れるほど稼いだところで直哉が仕掛けた。
結果は直哉の圧勝である。
あれほどあった借金は帳消しどころか大黒字であり、
羅刹の首は繋がった。
反面毟られた面子はいっそ哀れである。
軍を売り切りする交渉まで直哉としだす始末であり、
結局上手いこと少ない損害で逃げ切った(といっても羅刹の先程の
借金ほどはある)ロキは溜息を洩らした。
「ナオヤ君が参戦するとすーぐに勝っちゃうからつまらないんだよねー」
あーあ、と肩をすくめ、その場は解散。
羅刹はそのまま直哉にお持ち帰りされ、たっぷりとお仕置きされることとなる。

「もう二度とくだらん賭け事などするな」
「わかってるってじゅーぶん反省したって、」
だから悪かったと謝る羅刹の服を剥きながら
さてこれからどんなお仕置きをしてやろうかと
直哉は乾いた唇をぺろりと舐めた。


午前2時の闘い
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