※柚子の家が極道です。模造設定甚だしいのでご注意下さい。


朝、起きたら居た。
「ちょっと何でアンタが此処に居るのよ」
幼馴染なんだから羅刹が居てもおかしくはない。
小学生の頃はよく互いの家を行き来したものだ。
おかしくは無い、おかしくは無いがどうにも腑に落ちなかった。

「今日柚子いたんだ、めずらしー」
「珍しいじゃないでしょ、お母さんとこからちょっとこっちに
用があって来たのよ」
柚子の家は由緒正しき極道の家系だ。
今でこそ苗字が違うが、土建と不動産関係を幅広く取り扱う
ちょっともにょりたくなる職業のお家柄だった。
柚子は幼いころからそんな環境で、柚子が生まれた時、
代々男系の家系でもあったことから、(ちなみに柚子の上に腹違いの
10も違う兄貴と3つ下のこれまた腹違いの弟が居る)
それはそれは喜ばれて蝶よ花よと育てられたが年頃の娘を
堅気の生活にしてやりたいという親心もあって目出度く柚子の母と
協議離婚をした。
それでもやっぱり寂しいのが親である。
だからこうして柚子は時折生家に顔を出すのだ。
「お嬢さん、羅刹さん、メシできましたよ」
顔を出した男はよく見知った男だ。
幼いころから柚子の面倒をよく見てくれている。
(だからといって幼稚園の時から運動会やらなにか催しがある度に
組の者が来るのは勘弁して欲しかった。目立つことこのうえない)
「なんでセっちゃんがいるのよ」
思わず子供の頃の呼び名になって仕舞う。
この幼馴染は小等部から(というのも羅刹は幼等部へは入って来なかった。
家の方針で幼稚園には入れなかったらしい)
ずっと一緒で、羅刹の家柄もあって周囲は公認カップルみたいに
柚子の父や母ですら振舞うが、別段本人達には何も無い。
羅刹は羅刹で別に彼女が居たし、柚子はそんな幼馴染と
付きあってもいいかな、と思いつつ、幼馴染だからまあ、機会があれば、
という考えで恋というよりも腐れ縁に近い家族愛的なものを抱いている。
だから機会があれば羅刹と付き合うのもいいし、将来を視野に入れても
かまわないと思う(何せ顔は飛びきりいいし、家も凄い(苦労しそうだけど)
短絡的で我儘だけれど素直で優しい面もあった。)
幼いころから当たり前のように一緒に居たのでどうにも恋愛に発展しないのが
二人の関係であった。
そんな関係であるので羅刹が自然に柚子の実家にいてもおかしくは無いし、
周りの認識のされ方から柚子の実家で当たり前にくつろいでいても
誰も文句は云わなかった。
「最近家、帰ってないんだって?」
羅刹には云っていないが、羅刹の従兄でありほとんど羅刹の兄とも呼べる存在の
直哉とはよく連絡を取っている。
というのもこの不良少年、家に帰らないことが格好良いステータスだとでも
思っているのか家出癖があって、夜な夜な繁華街を徘徊したり、
どこの誰のところに居るのか、適当にフラフラして
(この間なんか、信号待ちをしていた見知らぬおばあちゃんが不自由そうだったので
手を引いて渡ってあげようとしたら、面倒になって背中に背負って
家まで送った挙句、その見知らぬおばあちゃんの家に泊めてもらったというのだから
もう言葉も無い)
実家に帰る様子も無かった。
直哉だけでなく、羅刹の実家である北条の家の人からも電話がかかってくることもある。
( ・・・まあ、まだウチに顔だすだけマシかな )
用意された朝食は柚子が女の子だからかタコさんウインナーまであって
手が込んでいる。いつも学校に持って行くお弁当も作って届けてくれるが
主婦も吃驚の可愛いらしいお弁当ばかりを用意してくれた。
( いい歳したおじさん達がこんなの作ってるんだからおかしいよね )
「そういえば、またウチのに喧嘩吹っ掛けたでしょー」
「あー、あれ柚子とこのだったんだ」
「ウチっていうかウチの傘下の方だけど、直哉さんから連絡入って取り持ったんだから」
感謝してほしいくらいなんだからね、と柚子はおめめまで付いた
可愛いタコさんウインナーを口に入れた。
羅刹の喧嘩癖は酷い。
昔からやんちゃな部分はあったけれどこんなに喧嘩早くなったのは
最近だ。直哉が北条の家を出てからだと思う。
ともすれば羅刹の家は柚子の家よりも遙かにややこしいし、相続問題もあるから
性格的に羅刹にはそれが我慢ならないし、重荷なのだろうと察するが、
最近の荒れっぷりは少し度を越しているようにも思う。
それだけでは無いように見えた。
直哉と何かあったのかとも訊いてみたいが、それは訊いてはいけない気がした。
「悪ぃ、悪ぃ」
全然詫びれも無く云う幼馴染に半ば呆れながら溜息を吐く。
直哉さんから羅刹の喧嘩相手のことをきかされ、
柚子が父に電話して、父が事の詳細を揉み消す、
相手が極道だから出来ることではあったが、(極道以外の相手は直哉と北条の家が
揉み消しているらしかった)流石にこう多いと呆れを通り越して
少し不安になってくる。
「大丈夫なの?」
「ナニが?」
羅刹はこのところ少し遠い目をするようになった。
まるで必死に一人で何かにあがいているみたいに、
子供のころはなんでも一緒だった。
かくれんぼするのも、砂場で山を作るのも、
宿題をするのも、お泊りする時は一緒に手を繋いで眠った。
なのに、中学の途中くらいから羅刹は少しづつ柚子を女の子として扱うようになった。
年頃になったのだから当然なのだとも思う。
柚子は女の子で羅刹は活発な男の子だった。
けれどもその都度、女の子として、俺が護るよ、と言葉にせずとも云われている気がする
度に羅刹との距離が遠くなっていくような気がして胸が痛んだ。

( わたし、男の子だったら良かった )

男の子だったらきっと今も羅刹と対等に話せていたに違いない。
篤郎のように他愛もないことを話して小突き合いながら笑っていただろう。
こうして羅刹を待つような女の子にはならなかったに違いない。
( わたしは羅刹が好きなんだ・・・ )
それが恋愛としてなのか家族としてなのかはよくわからない。
もう随分長いこと考えているけれどわからなかった。
けれども羅刹という名の男の子が、わたしとずっと歩いてくれるものだと
子供の頃から漠然と思っていた。
女の子としてでもない、男の子としてでもない、
ただの柚子と羅刹として歩いてくれるのだと思っていた。
恐らくずっとそう望んでいるのかもしれない。
幼いころからずっと、真っ直ぐに歩く羅刹と歩む夢をみているのかもしれない。
どんな関係になりたいのかもわからないまま、ただ歩くことを考える。
( 屹度・・・ )
それは駄目だろう。
それでは駄目なのだろう。
目の前の少年は何処までも自由で、
兄であるあの直哉ですら手を焼くような少年だ。
しなやかに伸びた手足は健康的で綺麗だ。
眩しいくらい生命力に満ちていて、何もかもが、
(口を開けば台無しだと、直哉は云ったけれど、)
羅刹の全てが活き活きとして綺麗だった。
羅刹のくしゃっとしたその造りもののように綺麗な顔が笑顔で歪むのが
好きだった。
太陽みたいで、わたしはその笑顔が大好きで、大好きで、
いつまでも一緒に歩きたいと思うけれど、
それでは駄目なのだと頭の隅で悟ってもいた。

「ごっそーさん!あ、なんか買いもの連れてってくれるってー!」
「それウチのお金でしょうが」
「だって買ってくれるって云うんだもん」
「呆れた!バイトくらいしたら?」
「したけどクビんなった」
「何したの?」
「煙草ちょろまかしたらちょっと・・・」
「もー・・・!」

柚子は幼馴染の頭を小突く、
子供のころそうしたように、
そうすると幼馴染は一番好きな笑顔で笑って呉れた。
太陽みたいな、日向に居るみたいな眩しい笑顔だ。
柚子はごちそうさま、と箸を置き、
用意するから待って、と告げて廊下に出る。
とりあえず直哉さんと北条の家に連絡しよう、
そして幼馴染と莫迦みたいにはしゃいで
沢山買いものをして荷物なんて持たせてみよう、と
柚子はくすり、と笑った。
少なくとも今日は一緒に歩いてくれる。
それを想って少し足取り軽く
歩きだした。


日向の少年
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