※魔王ルートED後。



仕草に惹かれたのは一瞬のことだった。
それは突然、己の心に現れ理性の何もかもを奪って仕舞う。
後はただその腕を捕え、存在を腕の中に閉じ込めて
口付ける。
そうしてやっと己は安堵する性質なのだとその時初めて気が付いた。



羅刹はただ篤郎と話していただけだった。
それも重要でも無い何でも無い話だ。
拠点がどうとか戦術がどうとか、そんな話を羅刹にしても
羅刹はあまりそういったことを理解せず聞き流して仕舞うので
羅刹が出るような戦場には決まって直哉が隣に立ち
指示した。
だから羅刹と篤郎はただ、近頃のメシがどうとか、
最近城下で(悪魔の)ゲーセンが出来たとか、
その新台で遊んだとか、そんな17歳の男子らしい話をしていたのだ。
羅刹は話の最中始終煙草を吸っていたし、
篤郎はそんな羅刹に嫌な顔一つせず、(もう慣れっこだ)
コーラなんて飲みながら会話を楽しんでいた。
友人らしく小突いたりという行動もあったが
どうしてこんなことになったのか篤郎にも羅刹にもさっぱりわからなかった。

一瞬だった。
ただ直哉が何かを会話しながら
(直哉付きの側近の悪魔とだから恐らくこっちは本当に戦略指示だろう)
篤郎と羅刹が談笑している廊下を擦れ違っただけだ。
篤郎が先に直哉に気付いて「お疲れサマッス」と言葉を掛けて会釈した。
羅刹は特に反応するでもなく、軽く手を上げ、
なんだお前か、とでも言いたげに目線を直哉に一瞬向けた。
それだけだ。
けれどもその一瞬、羅刹が一瞬目線を直哉に向けた直後
事態は急変した。
「・・・っ」
何が起こっているのかわからない、
ただ直哉が羅刹を抱き締め激しく口付けている。
あまりのことに篤郎はただ茫然とその光景に見入っていた。
直哉は少なくとも世界がこうなる以前はこんな人では無かった。
羅刹ともそれなりに距離の在った従兄弟であったように思う。
けれども羅刹が魔王に成った一件から二人の関係は急激に変化した。
そりゃ篤郎だって意図せず偶にそういったことをしている二人を
目撃して仕舞ったり二人の喧嘩に巻き込まれたりなんてこともある。
でもこんな風に切実に、切ないほど羅刹を求める直哉を見るのは初めてだった。
羅刹は苦しいとでも云いたげに背の高い兄を離そうとするが
そうすればするほど益々腕の戒めはきつくなる。
ともすればそれは発作的に起こったものなのだ、と
篤郎は茫然とする頭で漠然と理解した。
屹度羅刹にはそんな気は全然なくて、
ただ本当に篤郎と話していただけだ。
そんな羅刹の奔放さに何処までも明るい支配者に、
篤郎も救われている。
けれども直哉はそんな羅刹が愛しい反面憎らしくもある。
奔放で自由と云う言葉が似合う少年だ。
(羅刹を青年と表現するのはもう少し止めておこうと思う、
羅刹は時折酷く少年らしい振る舞いをするからだ)
だから捕えておきたい、
叶うものならその腕にずっと閉じ籠めておきたい。
なのに羅刹の自由さも愛している。
だから、なのだと理解した。

( ただ愛しい )
突然の行為に腹を立てているだろう羅刹に
眼を細め、この想いを口にすれば
斯様な暴挙もこの弟は赦すだろうか、と直哉は考えた。
否、羅刹は赦すだろう。
どんなに酷くしても羅刹は最終的に直哉を赦す。
それが出来る揺るぎ無き精神の持ち主だ。
篤郎の前だろうが誰が観ていようが最早関係無かった。
衝動は時として暴力的に現れ、
或いはこんな風に奪うように現れる。
羅刹がただ直哉を一瞬見た。
それだけで直哉はどうしようも無く
目の前の男の全てを奪いたくなる。
何処までも奪い何処までも堕としたい。
しかし彼の男はどれほど奪えど、堕とせど、
決してそれらに屈することも無くただただ真っ直ぐに
立ち上がるのだ。
それに感動を覚えたのは何時だっただろう。
その強さに魂の輝きに何もかも奪った気でいながら
奪われていると感じたのは果たして何時だったのか。
どうしようも無い焦燥と感情の渦に飲まれながら
直哉は羅刹に深く口付けた。
歯列を割って舌を絡めながら撫ぞる。
口端から唾液が伝うのも気にならない。
既に弟の抵抗は無く、目の前に立っているらしい篤郎はただ自分達を
茫然と見つめている、傍らの側近は心得たように王とその兄に跪いた。
それを他所に直哉は羅刹に己の
熱い舌を絡め熱を帯びた視線を、身体を手を、慄える指を
絡ませる。

( 噫、 )

このままでは
息を吐くことも出来ない、
呼吸さえままならない、
お前の前では全ての時が止まり、
万物がお前の意のままとなる。
その中で凛と立ち
真っ直ぐに己を射抜くその眼が
ただ美しい。

( 噫、これは愛だ。)

これはなんと厄介なものなのか
このままでは己はこの手が無ければ
立つことは愚か息すら出来ぬではないか、
如何なる叡知も創世より無限に近い時を渡った己も
何の役にも立たない。
この想いの前に己は無力な一人の男でしか無く、

羅刹、お前と云う存在を前に、
俺の何もかもは止まり屈服する、
そして俺はその想いの渦に飲まれ
この愛の前に無様に頭を垂れるしか無いのだ。

「好きだ」

囁きは熱く掠れ、
情熱的とも云える直哉のその言葉に
羅刹はフン、と鼻鳴らし、挑発的に直哉を見る。
そしてその腕を首に回しもっと深く口付けた。


愛に負けた日
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