※和解前。ハローハローハローの中間くらいのお話です。


いつもそうだ。
いつもいつもいつもこの男はそうだった。
羅刹は舌打ちをした。

いつものように学校を途中で早退して、
ぶらぶらしながら歩いていると
突然現れた直哉にラブホに連れ込まれた。
いつものコースだ。
この関係にも随分慣れた。
慣れたけれど受け入れているわけじゃない、
そんなわけじゃ決してない。
羅刹はいつものように羅刹の都合などまるで考えずに
己の身体を蹂躙する男を睨んだ。
身体を縛って、動けないようにして、それから蛇みたいに
しつこく羅刹を犯す。
血が出ていようが傷が裂けようがお構いなしの
直哉が気持ちいいだけのセックスだ。
何度も何度も刻みつけるように中を抉られて、
羅刹は意識を飛ばした。

「まだ居たのかよ」
羅刹は縛られていた己の手首の戒めを解き、
擦り傷が出来た手を擦った。
それからベッドサイドにあった直哉の煙草に火を点ける。
一度だけ眼が覚めたら直哉がいなかったことがあった。
その時は清々したものだったが、
毎回そうはいってくれないらしい。
「用は済んだだろ」
「確かにな」
直哉も煙草に火を点けゆっくり煙を吸い込んでから
吐き出した。
いい加減にして欲しい。
直哉は、北条直哉は羅刹の従兄弟であり、
兄弟同然に育った兄とも呼べる存在だった。
最も兄と呼べるような間柄だったのはこの間までだ。
羅刹が家出と喧嘩を繰り返すようになってから
この兄の態度は急変した。
羅刹を我がもの顔で捕え犯す、何かの目的があって
そうしているようにも見えた。
羅刹を自分という檻に繋いでおきたくて仕方無いともとれる。
羅刹にはそれが我慢ならない、
例えばこの兄が真性のゲイだろうが、その対象が弟である
羅刹であったとしても羅刹は此処までこの男を嫌悪しないだろう、
( 違う )
違うのだ。
そうでは無い、
そんなことを理由に直哉はこんなことをしない。
幼い頃から直哉のそういった性格は熟知しているつもりだ。
けれどもこの行為だけが羅刹には理解できなかった。
その癖、酷く嫌悪する行為である筈なのに
時折どうしようもなく、幼いころのようにこの兄の手を掴みたくなる。
それが厭だった、そんな風に想わせる兄も嫌いだし、
そうして兄に、直哉に本能的に縋ろうとする自分もたまらなく嫌だった。
そんな生ぬるい関係を求めているのではない。
このはっきりしない関係に羅刹はどうしようもなく自分が
惨めな気分になって厭だった。

「何でこんなことをする」
直哉を見る。
真っ直ぐに見る。
直哉はそんな羅刹を一瞥してから煙草の灰を灰皿に落とした。
「何故だと思う?」
「質問に質問を重ねるのはやめろ」
いつもそうだ、こうして直哉は羅刹の問いをはぐらかす。
「俺を見ろ、直哉、」
「見てるさ、ずっとな」
直哉は当然のように云う、
嘘だ、と羅刹は叫びたい、
お前は俺のことなんか何にもわかっちゃいないんだ、と怒鳴りたい。
こんなに酷いことをして、弟の身体を犯して、自分のものにして、
気絶するまで傷口を抉るような酷いセックスを強要して、
そうして直哉は羅刹を縛りつける。
縛りつけようとする。

「違う、お前は何もわかっちゃいない、本当は俺の言葉なんて
要らないんだろ、もっといえば俺の中身なんてお前は要らないんだ」

その言葉に直哉が哂った。
成る程流石は兄弟だ。長年共に在るだけはある、直哉は僅かながらに
感心すらした。
この本能で生きているらしい弟の確信を突いた言葉に
直哉は喉を鳴らす。
( わかってるじゃないか、羅刹、)
( 上出来だ。)

「お前は俺の言うことさえきいていればいい」
俺とお前の間にあるのは支配だ。
それだけだ。他に何を望む?
そう、弟に問いたい、しかし問うたところで羅刹にはわかるまい。
「寝言云ってんじゃねぇよ」
殴りかかってくる羅刹の拳を簡単に交わして
直哉はその羅刹の細い身体に身を寄せた。
抱き込むように、抵抗を封じ込めて
そして耳元に舌を這わせてきつく噛みついた。
「・・・っ痛ぇ、、」
やっとだ、やっと機会が訪れた、
この機会を逃してたまるものか、と直哉は羅刹を腕に閉じ込める。

( 羅刹、お前にはわかるまい )

何千年と神代の時代から
時間を渡り続け彷徨う直哉の気持ちなど、

( お前にはわかるまい、)

「俺にはお前が必要だ、羅刹」
大事な大事な駒である弟、
たったひとりの自分が殺した愛しき弟、
「嘘だ」と捕えた弟が云う、それは叫びに近い、
けれども直哉は羅刹を捕えたまま離さない。
「直にわかるさ」
俺がお前を欲していることがお前にもわかる、
と直哉は哂い、そして
耳から血を流す弟のその赤い血を啜り飲んだ。
甘い筈など無いのに、その血は甘く
深く抉れば悲鳴を上げる弟の聲に酔い痴れる。
直哉は笑みを浮かべ、愛しい弟を腕に閉じ込めた。


独善者の蠱毒
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