※黄金比率のナイトメアのお話の続きです。


羅刹はキレていた。
久しぶりにブチキレていた。
マジギレである。
というのもそれは昨夜にまで遡る。
直哉とのセックスで意識を失うと縛られて放置なんて
当たり前なのでもう腹も立たないが、
昨夜は勝手が違った。
あのにたにた笑う人を馬鹿にしたような男が
一緒だったのだ。
そんでもって二人して、否、もう思い出したくもない。
とにかく起きたら気分は最悪で、
隣で気持ち良さそうに寝てる直哉を蹴り起こして
自分とベッドを縛る鎖を外させた。
そんでから、俺は問答無用で、直哉とさらにその奥でぐーすか
気持ち良さそうに寝てる(フリなのかもしれない)
あの男に、羅刹はあらん限りの力でメギドラオンを4、5発
ぶちかまして部屋を出た。
これでこのヒルズが崩壊しないのが奇跡である。
それにはちゃんと理由があって、
この魔王城たるヒルズは羅刹の力で自然に元の状態に自動的に
修復されるようになっているので核兵器を落とされようが
破壊は不可能の筈だ。(落とされたことないからわかんない)
故に、中の奴等がどうなっているのかは知らないが
(多分生きてるだろう、あの直哉だし、あいつも相当な悪魔だ、
腹立たしいが!)
この魔王城は傷一つつかないのだ。

「もうお前と別れる!」
そう宣言して、羅刹は部屋を出た。
だってなんだもうこんなの有り得なくね?
これなんて3P?
直哉だけでも手一杯なのに契約だなんだとわけのわからないことを
云われて(お前は保険屋かっつーの)
縛られたまま良い様に使われて、それを止めもせず
好きにさせた直哉も直哉だ。
(けれどもあの赤い目は怒っていたようにも見える。
直哉は本当に腹が立っている時ほど冷めた眼をするからだ)
結局契約云々はどうなったのかもわからないし、もう思い出したくも無い。
だから羅刹は勢いのまま篤郎の部屋へ飛び込んだ。
「うわっと、羅刹?」
どすん、と篤郎のベッドに倒れ込んだ。
かろうじてメギドラオンを打つ前にベッドの下に落ちていた
自分のジーンズだけは拾ってきたから全裸ではない。
( でも廊下で全裸のままジーンズ履く魔王ってどうなのよ )
「またナオヤさんと?」
篤郎はまた何かパソコンで難しいことをしていたのか
机に向かったままだ。
「さっき凄い音したけど・・・」
「あの腐れ外道ホモ共に報復してきた」
「・・・何があったのかは訊かないでおく・・・」
こういうとき篤郎は有難い。
理由も訊かず羅刹を受け入れる。
そんな親友が有難くて、いっそみんな篤郎みたいな奴だったらいいんだ、
と思うが、篤郎が直哉だったらそれはそれでいろいろ複雑だから
やっぱり、無い無い、と羅刹は勝手に頷いた。( ごめん篤郎 )
「もう直哉とは別れた、金輪際付き合わない、愛想が尽きた」
と篤郎のベッドで不貞寝を決め込む羅刹に
篤郎は、ははぁ、と事態を察した。
そして同時に( またか )と胸の内で思う。
羅刹と直哉の喧嘩は何もこれが初めてではない。
別れるという大喧嘩に発展したのもこれで通算4度目だ。
一番最近の出来事では直哉が所持していた、羅刹とのハメ撮り映像が
羅刹にバレたことから端を発したものだった。
(ちなみにその映像はAVも吃驚なアングルの数々であり
流石はナオヤだと篤郎が感心したぐらいである、そして不本意ながら
今現在羅刹は処分されたと信じているが、いろいろな事情があって
そのデータが篤郎の手元にあることは内緒にしてほしい)
「だいたい何で俺なわけ?今更だけど」
「不毛だなー・・・」
ハハハ、と乾いた笑いで誤魔化すしかない。
そもそも何で直哉と羅刹がこんな関係なのかと云うと
事態はいろいろ複雑で、いろんな思惑と少しの純心が
現在の二人の関係なわけであって、正直男同士セックスするというのは
篤郎にも想像出来ないことだったが、羅刹と直哉なら納得できるのも
事実だった。何せ双方芸能人やモデルが裸足で逃げ出すほどの美形だ。
方向性は違うが、どちらもダントツで顔がいい、だから羅刹なんて
黙っていれば凄くモテるし、実際篤郎の知る限り高校の二年間で
彼女を切らしたことは無かった。
だから然して嫌悪感もなく、羅刹と直哉との関係を篤郎は受け入れられた。
顔がズバ抜けていいと何でも許せるようになるものである。
( それは多分自分が面食いだからというのもあるのかもしれない )
こっそりそんなことを思い乍ら篤郎は羅刹の方へと椅子を向けた。
「じゃあ、いっそナオヤさんを襲えば?」
「襲ってるし」
「いや、ちがくて、羅刹はいつも、つまりその」
「掘られる側?」
「うん、そうなんだろ?じゃあ、今度はナオヤさんを・・・」
と提案するが即答で否定された。
「無理、俺ホモじゃないから男相手に勃つなんて有り得ない」
ケツの穴にツッコむなんて論外、と手を振られる。
「あー・・・」
そうなのだ、散々ホモ行為をしているが羅刹自身はノーマルであると
篤郎も思っている。
そりゃ触られたりすれば勃つだろうけれどやっぱり女の子がいいに決まってる。
その気持ちは篤郎にもわかる、やっぱり彼女欲しい。(本音である)
しかし羅刹の相手はあの直哉だ。
全世界で最も敵に回したくない男ナンバー1の直哉である。
自称羅刹の世界最高の兄だ。
その執着たるやすさまじいもので、結局肉体関係を持つに至ったのも
その執着からだと篤郎は思っている。
だから別れるなんて到底無理なのだ。
少しだけあの直哉の従兄弟に、弟に生まれた羅刹に同情しながら
とりあえず添え付けの小さな冷蔵庫からコーラを取り出して
羅刹に投げた。
羅刹はそれを受け取りベッドで寝そべりながら
ごくごくと飲む。あんまりにも勢いをつけて飲むものだから
案の定コーラ(ちなみにダイエットコーラだ)が口端から零れて
シーツに零れた。( ああ、汚して )なんて思うけれど
羅刹だから仕様がない。羅刹はそういったことをしても
自然と許されるスキルを持っているのだと思う。
と篤郎は思いながら傍らでまだぶちぶち文句を云っている
半裸の親友を眺める。
あんまり眺めると変な気持ちになるので微妙に逸らしつつ、だ。

「とりあえずシャワー借りるわ」
「ん、タオル持ってって」
羅刹がおもむろに立ち上がり勝手知ったる篤郎の部屋のバスルームへ向かう。
タオルは先日マリ先生が洗濯してくれたので沢山あった。
それから直ぐに水が流れる音がする。
それと同時に篤郎の携帯が鳴った。
「・・・羅刹、今風呂っス」
直哉だ。
タイミング良くこうして連絡してくるあたり
この部屋に監視カメラでもついてるんじゃないかと思うこともしばしばだ。
というかそもそも直哉は後に目がついてるんじゃないかというくらい
鋭いので篤郎はこの師匠相手に何かを隠せるとは到底思わない。
そしてこのひとが篤郎にメールでなく電話を寄越すのは羅刹絡みのことだけだ。
『そうか、様子はどうだ』
「別れるの一点張りです。何したのかはもう訊きませんけど今来ても
殴られるだけだと思いますよ、」
『わかった、後で迎えに行く』
用件だけ云ってぷつりと電話は切れた。
このあたりも大変直哉らしい。
(そしてその直哉がこだわるのも従弟である羅刹だけであった)
( ああ、どうしようかな、 )
篤郎は天井を仰ぎ見た。
毎度毎度巻き込まれるのは篤郎だ。
そりゃ二人を取り持ったのは結果的に篤郎なのだから
仕方無いといえばそうなのだが、
こうも赤裸々に二人の私生活が見えると時々なんだか居た堪れない気持ちになる。
「ま、とりあえず俺は羅刹の味方ということで」
なんて独り言を呟いていると羅刹が風呂から出てきた。
シャツを貸して、と云われたので一枚適当に見繕って渡す。
手足の長い羅刹は何を着ても様になるから羨ましい。
二人で明日どうする?なんて話をしていると
ほどなくして直哉が羅刹を迎えに来て、
篤郎の部屋のドアを開けたまま、帰る帰らないの押し問答を
繰り広げて、羅刹が直哉の顔を一発殴った。(凄く痛そうだ)
直哉はそのまま羅刹の顎をおもむろに掴んでディープキスをかまして
( これを見せつけられる俺の気持ちを考えてほしい )
腰を弄りながら、悪かった、事情があった、ちゃんと話す、
もう二度とお前を誰にも触れさせない、なんて耳が溶けそうなセリフが直哉の
口から次々と出て来て、( あの、ナオヤさんの口からだ! )
最後の方には羅刹が「俺、別れるってゆったんだけど」
と拗ねるように云えば、直哉はもう一度羅刹にキスを落として、
それから

「また付き合おう」

なーんて「もうどうにでもして」的な仲直りをして、
仲良く愛の花園である魔王の居室へと戻っていった。
「・・・俺には一言もナシかよ・・・」
明日は秋葉原に行く約束を羅刹としたけれど
どう考えてもこの調子じゃ無理だろう。
独りぽつん、と部屋に残された篤郎は少し冷え過ぎた部屋の
エアコンの温度を上げて、それから溜息をひとつ。

「俺も彼女つくろ・・・」

そしてこんな不毛な争いに巻き込まれないよう
つつましやかに堅実に生きていこう。
そんな決意を密やかにした。


三行半
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