※篤郎との出会い話。


初めて彼に遭った時なんて綺麗なんだろう、と思った。
始業式の日擦れ違っただけ、それだけ、
10人中10人が振り返るような
容姿をしていて、同じ男とは思えなかったくらいだった。
後になって同じクラスになったのだと知ったくらい
俺は見惚れていた。
少し長めの髪に、長い睫毛、形の良い唇に
すらりと伸びた長い手足、均整の取れた身体、
そして飛びきり印象的なのは酷く存在感のある眼だ。
少し青みがかっているその眼はまるで宝石を埋め込んだようで
鑑賞に値する美しさだった。
それから同じクラスになった彼を篤郎は時折観察する日々で、
そんな中でも教師に指名されて朗々と詩を朗読する様は酷く
印象的だった。
透明で澱みの無い発音が教室の端々に響く様に聴き惚れる。
此処まで他人に興味を惹かれたのは
思えばこの時が初めてだったのかもしれない。
だって自分はこんなに綺麗な人間が居るなんて今まで知りも
しなかったのだから。

「北条、」
その日は委員の仕事で押し付けられたプリントを渡さなくては
いけなくてこうして配って回っていたのだけれど
最後の一人が捕まらなかった。
鞄がまだ教室に在ったので学校には居る筈で、
辺りを見回せば廊下の端っこの方に目当ての人物が立っていた。

遠くを見つめるように、
窓の外を眺める様は酷く絵になっていて、
一瞬呆けて仕舞う、我に返って近付いて、
そして声をかけた。
男相手に何こんな緊張してるんだかわかんないけれど
北条は由緒正しき旧い家柄で、お祖父さんは確か人間国宝か
なんかになってた筈だ、そりゃ教師だって一目置くし、
普通とは違う威圧感なんかを感じても当然なのかもしれない。
つまりそのぐらい北条は浮いていたし、
まだ高校に上がって間もないというのに、
既にだれそれが北条を狙っているなどという話も
沢山噂されている。
「何、」

あの透明な綺麗な聲で北条が返事をする。
篤郎を見ないままだ。
まだ視線は窓の外の遠くを見つめている。
「あの、これ委員のアンケートなんだけど、答えてくれるかな、
名前も要るんだけど、」
ペンとプリントを差し出せば、
北条はそれを長い指で受取り、そして
壁にプリントを当てて書き始めた。

( すっげ綺麗な字・・・ )
これまた同じ高校生とは思えないほど綺麗な字だ。
すらすらと書かれていく文字はまるで魔法のようだった。
( いるんだな、こんな奴、 )
ぼう、と見惚れていると、書き終えたのか北条がプリントを差し出した。
「はい、これでいい?」
受取り確認をする。

「北条、らせつ?」
今の今まで名前など知らなかった。
名簿で見た気もするがちゃんと確認したのは初めてだ。
「そう、羅刹」
「恰好いい名前だな」
正直に云えば、北条は、今までで多分一番人間らしい顔をして
その造り物のような顔を歪めて笑った。
「そりゃどうも、お前同じクラスだったよな」
まるで年上のようなもの云いに圧倒されながらも
( おない年の筈だよな )
なんとか答える。
「木原篤郎、お前の席の三つ後ろ」
「ふうん、そうだっけ?」とさして興味も無さそうに云われるのは
普段なら腹が立つのだけれど北条の前だと不思議と腹も立たない。
というのも多分、北条はそういった態度が赦される存在で、
それを当然として振舞える人間だと思うからだ。
そして自分はそういった存在に酷く弱いのかもしれないと
その時自覚した。
「で、何で北条は放課後残ってるんだ?」
もう皆帰っている。
篤郎は委員の仕事だから仕方無いけれど、北条は関係無い筈だ。
部活も入っている様子は無い。
友達を待っているという風にも見えないことから
ただこの廊下の奥にひっそり佇んでいるのが不思議に思えた。

「ああ、ちょっと、保護者のなんとかで」
「はぁ、」
家の事情の話か何かだろうか、
とにかく誰かを待っているらしい。
訊いていいのかな、と口を開こうとしたところで
背後から声がかけられた。
「羅刹」
振り返って再び自分は凍る。
北条を羅刹と下の名前で呼ぶからには身内なのだろうが、
その男もまたずば抜けて容姿の整った背の高い男だった。
羅刹とはまた別の意味で美形だ。
空間が凍ったように見えるのは気の所為だろうか、
燃えるような赤い目に薄い色素の髪の男がいつの間にか
背後に佇んでいる。
信じられない、こんなのあるか?
隣に芸能人とモデルが突っ立っているようなものだぜ?
身体の比率が既に自分と規格が違う気がする。
北条はそういった一般の規格から異なったもので出来ているのだ。
きっとあの北条の保護者らしき男と二人、世間一般とは規格外の存在なのだ。
結局俺は、ああ、ともうん、とも何も言えないまま、
羅刹だけは、「お前か」なんてド美形の男と
当たり前の会話の遣り取りをして、そして
篤郎に「じゃあ、また」と透明で綺麗な声をかけて
その保護者らしき美形の男と行って仕舞った。

後にそれが天才プログラマーナオヤであったことと、
そして更に後に、羅刹が綺麗なのは容姿と字だけで
あとは非常にガサツで漢らしい性格であったことを知る。

「・・・今にして思えば俺はお前の見てくれに騙されたんだな」
「は?何のハナシ?」
北条羅刹、職業高校生から魔王へ転職。
黙っていれば綺麗だけれど、粗野で乱暴、本能で生きて常に直感を信じ、
己の道を突き進む、天衣無縫の男。
そして
俺の最高の親友だ。


その男、天衣無縫
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