※後日談です。


真白から直哉への憎悪が消えてから、魔王城となった六本木ヒルズは
落ち着いていた。ピリピリした空気が無くなって、
なんだか伸びやかな雰囲気だ。
何せ魔王とその兄は常に一緒だったし、まるで新婚さんと云わんばかりの
べったりぶりだ。柚子が云っていたべったりとはもしかして
これだったんじゃないかとさえ最近篤郎はそう思っている。
けれども魔王様の悩みは尽きないらしい。
「なんか、最近物足りないんだよね」
「へ?」
二人でカフェテラスに座ってお茶をしていると真白がつまらなさそうに
呟いた。また痴話喧嘩かと疑って仕舞うのは仕方ない。
この二人は長年にわたる誤解からの喧嘩で世界を作り変えた前科がある。
元は真白が人の感情に恐ろしく疎く、そしてそんな真白に「愛」を問われた
直哉が真白に己の愛を否定されるのを恐れてそれの答えを云わないまま、
真白を放置したのが原因だったのだが先日仲直りしたばかりだ。
また喧嘩は勘弁して貰いたい。
真白がわからないながらも直哉の手を求めたように直哉も今は
真白にべったりだ。寝室まで一緒なのに何が物足りないと云うのか。
「直哉、手出して来ないんだよ」
「それは由々しき事態だよ真白ちゃん」
唐突に現れた男はロキだ。いかにも胡散臭い容姿でついでに中身も
胡散臭いことこの上ない。真白の教育上大変宜しくないので
直哉も篤郎もロキを警戒していた。
「そ、なんか物足りなくて、」
「それは大変だ、ボクのベッドに来る?」
「いい」
即答で否定してくれるあたり有難い。その辺りの分別は直哉がきっちり
教えたらしい。
「篤郎はどう思う?」
「いや、なんていうか、その・・・難しい問題だよな・・・」
正直経験の無い篤郎に答えようが無かった。
「お前らに相談した俺が莫迦だった」
真白が席を立つ。
「いつでもボクのベッドは空いてるからねー」
と手を振るロキを置いて真白は次の相談相手に足を向けた。





「こんちわ」
「あら、真白くん」
訪れたのは救急室だ。マリ先生は魔王軍の人間では唯一の紅一点である。
ジャア君達がせっせと働いているのがなんともシュールだった。
「あの、」
「なあに?」
「相談したいことがあるんですけど、」
真白は少し考えた。こういうのを女性に相談するのはどうかと
思うが思えば、自分が女役(?よくわからないや)なのだと思うから
女性に訊いた方が自然に思える。
だからこそマリ先生以外に尋ねる相手を思いつかなかった。
けれども自分の相談としてはなんとも体裁が悪い。
「俺の友達の話しなんですけど」
云われた瞬間マリは噴き出しそうになった。しかしここはプロである。
ポーカーフェイスで神妙な顔をして真白の相談を聴いた。
「友達ちょっと難しい家なんすけど、ガキの時に、ええとまあ年上のひとと
ヤっちゃうっていうかヤられたっていうか・・・」
「あら」
「いや、まあ別にいいんですけど、それは問題じゃなくて、そんで
その友達が、すげー小さくて、相手はすげーでかいんですけど」
「うんうん、それで?」
確かにこの二人は身長に大きな開きがあって、真白はとても十七歳には
見えないほど美少年だ、一見美少女でも通る。ちなみに相手の直哉は身長がかなり
高いこっちも美青年なのでマリとしては眼福であった。
「なんかその相手と最近復縁したんだけど、」
「ええ、それはいい事ね」
「毎日一緒に居て、なんか、ええとはずかしーけど、抱きあったりとか
手、繋いだりとか、そういうの好きで」
おめでたい話である。魔王のその話は詳しくは知らなかったが
まさかそんな過去があるなんて此処は根掘り葉掘り訊きたいところであるが
此処はぐっと我慢してマリは聴き役に徹した。
「なのに・・・ええとさ、つまりさ、物足りないっていうか・・・」
「全然先に進まない?」
「そ、それ、それでさ、俺、じゃなくて友達がどうしたらいいかなーって・・・」
噴き出しそうになる。しかし耐える。耐えるのよマリ、私はプロよ、
そう云い聞かせて、そして、ぐ、と唾を飲み込んでその相談に応えることにした。
「誘ってみたらどうかしら?」
「無理、なんか絶対そういう雰囲気にしねぇの、昔はヤったくせにさ、
今はそういうことするのも無理みたいな感じで、ガード固ぇの、」
別にいいのにー、という真白は黙っていれば美少女だ。
凄く可愛い。可愛い子を眺めるのは先生大好きだ。
相手が美少年なら尚更だ。眼福だ。先生嬉しい。
けれどもそれを眺めていたからこそ気が付いた。
「もしかして・・・」
「もしかして?」
うーん、と考える。恐らくこれは印象によるトラウマだ。
「彼は貴方・・・じゃない貴方の友達を傷つけたって思ってるのよ、多分、
子供の時に過ちを犯して仕舞ったから、奥手になったのね、
貴方・・・じゃない貴方の友達を大切に思うからこそ、今はできないのよ」
「じゃ、いつになったらできんの」
「そおねー・・・イメージを払拭することかしら・・・」
「ふっしょく?」
「つまり、貴方・・・じゃない貴方の友達が昔とは違うってことをアピールするの、
大人になったって、もう大丈夫だって」
「具体的には?」
マリは真白を見た。まじまじとこの美少年を眺めた。
自分よりも真白の背は低い。
「背ね、身長を伸ばすのよ、身長が伸びて目線が代われば少しは大人になったって
思ってくれるかも!」
「成程!せんせーあったまいー!」
ふん、ふん、と真白は勢いよく立ちあがり、それから、息を少し溜めて、吐いた。
「ちょ・・・真白君!?」
見れば真白の身長が伸びている。先程と明らかに目線が違う。
「こんなもんかな・・・」
見れば顔付きも少し大人っぽくなっている。先生別の意味で惚れちゃいそう、と
思うが、よくよく見ればこれはまずいのでは無いだろうか。
「あのね、真白くん、いくらなんでも直哉くんより背が高いのは駄目だと思うの」
先生、真白くんが受けでも直哉くんが受けでもいいけど、とりあえず直哉君泣くと
思うからやめてあげて!そういう心の聲は黙殺してなんとか真白を説得する。
「それに急に大きくなったら吃驚するからちょっとづつよ、直哉くんより
少し低いくらいね、」
「背伸びしなくてもちゅーできるくらいかな?」
なにその可愛い設定!いまは背伸びしてちゅーかー!やっぱり真白くん
背低くていいんじゃないかな、という言葉もどうにか飲み込んだ。
先生、美少年もすきだけど美青年も好きだから。
「わかった、あんがと!マリ先生!」
もはや友達でも何でもないほどバレバレだったが真白は深く考えない。
彼は思慮深さをもう少し習うべきだった。

その一週間後、篤郎は驚愕することになる。
「ましろーって、うええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇえ!?」
昨日まで真白は小さかった筈だ。
小さくて可愛かった筈だ!
なのに今はどうだ!急に目線が同じになった。
よくよく見れば自分より少し背が高いんじゃないか!?
「成長期なんだ、俺」
いやそんな成長期ありませんけどー!お前絶対魔王の力使ったろ!
と叫びたい。しかし叫ぶより前にロキが顔を出した。
「真白ちゃん!すっかり大人になって!おっきくなったらボクと結婚してくれるって
約束を果たしてくれるんだね!」
両手を広げるロキに真白はにやりと笑った。
「これ、」
ぴら、と広げたのは結婚条件書だ。ご丁寧にロキと真白の名前が書いてある。
ちなみに日付はベル・デルを討った日だ。行動が早い。
なんてもの作ってるんだという篤郎のツッコミは棄却された。
「175cmを超えたら結婚・・・」
「俺、今175cmなんだよね」
「1ミリも誤差無く育つなんて真白ちゃん、やるね・・・」
そして真白がどうなったかというと・・・

「無事できたー、一発かませた!」
「真白、下品・・・つか聴くの怖いけど直哉さんに一発かましたのか?それとも
かまされたのか?どっちだ!?」
俺の小さくて可愛い真白が!という篤郎の嘆きを無視して
傍らではロキが煙草に火を点けながら成長して仕舞った美味しそうで
手が出せなくて大変勿体無い魔王様を眺めた。
「うらやましーなぁ、ナオヤクン」
隣でキーボードを叩いた手が止まる。直哉だ。
直哉は満更では無さそうに真白を眺めながらこう呟いた。
「ちなみに俺がかました方だからな」
二人の愛は一歩進んだようです。


175cmの恋人
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