「おやまあ、あっさりくっついちゃって」
つまらなさそうに云うのはロキだ。
彼は如何にも詰まらなさそうにふわふわと部屋の真ん中に浮いている。
「俺は別に今すぐ帰って貰ってもいいんだけどね」
「おや?僕はベルの王にたてつくほど愚かじゃないよ、いまのところ」
その言葉に笑ったのは雪風だ。
成る程、確かに世界は戻った。
雪風が再構築した。
だからこそ裏技もそのまま通じるというわけだ。
「正しい手順で悪魔は呼び出せるわけか」
「そうだ」
「だから異界に居たんだね、直哉は」
「噫、そうだ」
悪魔と契約し、雪風から隠れ続けた。
「千年待つつもりだったの」
次のアベルに会うまで、
「どうかな、このまま終わることの方を考えていた、世界の狭間に落ちて、
誰に会うこともなく終わろうと思っていた」
「たった四年で出ちゃってさ、ナオヤくんも堪えが無いよね」
肩を竦めるロキを無視して、雪風は直哉の髪を整えた。
「これでどうかな」
白い髪は黒に、眼はカラーコンタクトだ。
世界中の直哉の写真やデータは直哉が消える前に全て消した。
けれども油断はできない。
直哉は今でも世界中の機関にマークされている存在だ。
そして雪風も同様にマークされている。
あの事件の中心人物なのだ。
まだ政府の眼はある。
それをどうにか誤魔化して、マンションの一室でロキを呼び出した。
「ここまでする必要はあまり無いんだがな」
「念のためだよ、悪魔の力って便利だね」
ロキの力により直哉は変装しなくても人の主観で姿を変えられるそうだ。
だから見る人によって直哉の顔は変わるそうだ。
自分には直哉に見えるのでそのあたりがよくわからない。
けれども直哉がそうだと云うのならそうなのだろう、
何せ生きている年数が違う、相手は途方も無いベテランなのだ。

珈琲を淹れる、直哉は美味しそうに呑んだ。
ああ、そういえばこのひとが何を好きなのか
自分は何も知らない。
こんな風に珈琲を飲むことすら雪風は知らなかった。

知っていこう、
この孤独で甘えることすら知らないこのひとを
知っていこう、
ゆっくりと氷が溶けるように、歩みを止めることなく、
歩いていこう。

突然、泣きそうになる。
今此処に或る幸せに、
今此処で再会できた喜びに、

だからわかってしまった、
きっと今まで直哉が救おうとした多くのアベルも
幸せだったに違いない、幾度死んでも再会できるその偶然に、
幸せでなかった筈が無い、
だって今、自分はこんなにも幸せだ。
この人と、今この場で、他愛も無いやり取りをして
そして生きていけることを、幸せで無かったなんて言わせない、
たとえどんな結末になっても最後まで信じて、
愛していたに違い無いのだ。
だから今度こそ、今度こそ、直哉をひとりにしないでおこう、
永遠に闇を彷徨う悲しみを背負わせない。
いつまでも傍にいよう、

「ねぇ、これからどうしようか」
「お前まで普通の人生を放棄しなくてもいいんだぞ」
「直哉の弟な段階でもう普通じゃないよ」

「そうだな、」
そうだな、と直哉は云った。
「近くでも遠くでもいい、お前が居るのなら、」
遠くで退魔師なんて仕事をしてもいい、
インテリジェンスに生きてもいい、
或いは、昔のように、星を見て語ってもいい、

「昔は星に名なんて無かった、神話の半分はひとが創った」

あの星の美しさをもう一度語ろうか、
二人で星に指差して、出鱈目な話を創って、
笑い合ったあの頃のように、
彼は歌うように優しい聲で囁く、



「星の話でもしようか」



いつかの優しい星の話
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