※魔王ルートED後。


直哉は八十にとって全てだ。
幼い頃からそうであったように、幼いあの頃、何も知らなかった
あの頃優しく微笑んだ従兄の手を戸惑い無く掴んだ。
いつだったか篤郎が「悔いているのか」と訊いたことがあったけれど
多分、己は何度その場所に立っても屹度、直哉の手を取るのだろう。
果てしない後悔と罪を背負いながらも、その忌まわしい未来がわかっていたと
しても自分は直哉の手を取る。
「時々、世界が真っ暗に見えることがあるんだ」
呟けば傍らの兄は少しばかり顔を上げた。
八十はそんな直哉にいつもと変わらない微笑みを浮かべる。
「お前は優しいからな」
「そんなことないよ」
本当に優しいのなら、屹度自分は世界をこうしなかった筈だ。
天音の手を取り天に与し直哉と敵対すべきだった。
或いは篤郎の云うような世界でもいい、直哉以外の世界であれば何だっていい。
けれども今の自分はどうだろう。あれほど苦しみながらも結局選択したのは
直哉だった。慄える手で掴んだのは直哉だった。
「大丈夫だ、八十、その苦しみも神を殺せば終わる」
終わって、終わって仕舞って、終わったら

( 僕はどうなるんだろう )

身体が悲鳴を上げる、心が魂が引き裂かれていく、
それでも直哉はやれと云う。
終わってしまったら自分がどうなるのか、それさえも
多分自分はわかっている。
直哉にとって己が何なのかもうわかってしまった。

( 僕は誰かの代わり )

代わりなのだ。直哉はいつだって自分を通して他の誰かを見ている。
失って仕舞った遠い何かだけを探している。
自分が一体誰の代わりなのかということさえ問えない己の弱さに
それを責めることさえできない女々しさに、息が出来なくなる。
ただ、それでも、と八十は思う。
( それでも直哉は僕しかいない )
少なくとも今の直哉にとって八十しかいないのだ。
それだけは確かだった。今の自分に在るそれだけが遺された全てだった。
滑稽だと笑ってくれていい。
それでも幼い頃無邪気に従兄の手を掴んだように、
あの頃の純粋で優しい何かは、自分だけの世界だった。
自分だけの直哉だった。例えそれが世界を神を滅ぼす為だったとしても
それだけは確かに自分だけのものだった。
悔むべきは全てなのだ。
逢ってはいけなかった、直哉と出遭って仕舞ったら最後こうなる運命だった。
ただ幼い頃のように純粋無垢に従兄の歪んだ愛を受け止めていられたら
良かった。気付かなければ屹度幸せだった。
「もう引き返せない」
引き返せない。来た道を進むことはできても戻ることは出来ない。
従兄によって人形のように造られた自分はもう己を操る糸が無くても
直哉の望み通りに進むのだろう。

騙していて欲しい、
それが欺瞞でもかまわない、
この手が腕が聲が最期の瞬間まで八十のものであれば構わない。

「ねぇ、直哉、最後まで貫いてね」
そっとその手を掴む、
直哉の赤い目が優しく細められた。
「最期まで嘘を吐いていて欲しいんだ」
優しく甘く、謳うように兄は云う。


「それがお前の望みなら」


それで世界が終るとしても自分はきっと直哉の手を取るだろう。
世界が終る夜に嘘吐きな兄の手を握りながら、


僕は
神を殺すだろう
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