※直哉17歳、主人公=北条 八十(やそ)10歳。


八十(やそ)は子供の頃あまり大きくならなかった。
寧ろ小学校に入ってからもクラスの中では小さい方で
反対に直哉は元々背が高かったし、この頃は更に伸びて
八十との身長差も随分とあった。
幼い弟はそれが不満らしい。
日に日に開いていく従兄との身長差に頬を膨らませて
「ふこうへいだ」と憤慨した。
今もこうして直哉の膝の上で手の大きさを比べながら
拗ねている。
そんな幼い八十の可愛い我儘をなんでも聞いてやりたいのは
山々だったが流石の直哉もこれは無理だ。
八十の身長を今直ぐ伸ばすなんて芸当は出来そうに無い。
けれども叶わぬことをやってみせろというのが子供だ。
こういった我儘は子供の特権であり、
他の子供なら一笑して終わるところだが
八十は特別だ。
どんなことをしても八十の望みであれば
叶えてやりたいと思うのは純粋な兄心である。

膝の上にちょこんと納まっている可愛い弟が振り返り
直哉を見た。
「ぼくもなおやみたいにおっきくなる?」
「なるよ、お前は俺に似ているからね」
根本はそっくりだと思う。
いつでも、いつの時代でも、根っこは同じなのだと痛感する。
よしよしと八十の髪を撫ぜ鼻先を柔らかな髪に埋めた。
「じゃあ、牛乳を飲もう、カルシウム、たんぱく質、マグネシウム、亜鉛、
脂質も適量摂れば伸びるよ」
「本当?」
「うん、きっとね」
「わかった、じゃあ飲む!」
「そうだね、お義母さんに牛乳を貰いに行こう」
「はぁい」

優しく諭せば、
八十の機嫌は直ったらしく
にこにこと直哉に擦り寄ってくる。
そんな弟に微笑みながら直哉は自嘲気味に笑った。
( ほとほと俺は八十に甘いな )
溺愛していると云われようと
構わない、八十が可愛いのは本当だ。
この小さな幼い弟、その魂、
幼い拙い仕草一つとっても直哉は
愛しさが込み上げる。
逆にこのまま大きくなれば自分は
この弟をどうするのだろう、とも思う。
( 先はわかっている )
一年後も二年後も、もっと先のことも
見通しは遙か先まで、
早くその時が来てほしい、
けれどもいつまでも幼いままでも居てほしい。
しかし弟は懸命に直哉に近づこうと
日に日に大きくなって仕舞う。
止められないのなら受け入れるしかない、
己の性を、この弟の運命を、でも
反面それから逃れてほしいと思う気持ちもあった。
この相反する感情に直哉は苦笑しながら
弟を抱き締め抱え上げて口付けた。


それは最後の良心であったのかもしれない
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