※魔王ルートED後。 主人公=北条 八十(ほうじょう やそ)


クラスメイトで一番の友人、
北条八十(やそ)が魔王と成ってから
半年程経つ。
半年も経てばもうこの状況にも赤い空にも慣れてきて、
篤郎が「ルナ」と名付けて仕舞ったこの友人は
月の王ア・ベルと呼ばれ絶対の支配を振るった。

辺りを見回せば小さな妖精達が沢山舞っていて、
ぼんやりと赤い夜に月だけはいつもと変わらない
美しさで煌々と照っている。
ヒルズの途中階にある空中庭園に妖精達はせっせと
種を撒いて花を育て少年王の心を癒そうと尽くしていた。
花は人間の世界のものでは無いのか、
或いは妖精が育てるからなのか薄く淡い光を放っていた。
妖精達は篤郎に気付くと次々と傍へ寄ってきて
あれやこれやと口上の挨拶を述べる。
そして採れたての果物を沢山運んできてくれた。

その果物の一つを齧りながら
この世界のことを思う。
食糧の事情は最初こそ苦労したものの、
徐々に八十への献上品として悪魔達が
宝石や衣服、それに混じって沢山の穀物や果物、
肉やお酒、様々なものが贈られた。
それはどうしたことか不思議なものでいくら食べても
いくら飲んでも減る様子は無い。
考えるに妖精や、天使に組しない神様達が
(酒の神様だったり牧畜の神様だったりだ)
造ったものだからなのだと思う。
他にも人間の嗜好品も多く出回っていたし、
(何せ悪魔の中にも大変逞しい商魂を持つものも居たので
マッカで支払うコンビニもどきも出る始末である)
もう生活には困らなくなっている。
軍の殆どは天使の討伐に出払っているが、
それでも八十一人の力で天使の殆どを討ち払えた。
今はまだ前哨戦と云える、と魔王の聡明な兄は云う。
だから八十は戦力的に絶対なので戦略や全てを担当している
直哉は八十をこの魔王城たるヒルズへと置くことにしていた。
代わりにカイドーや篤郎が多くの悪魔を率いて
天使との前線に居ることが多かったがこうして
たまに報告も兼ねて帰ってきてはのんびりと
休暇を過ごしている。

( 天使を殺すのにも慣れた )
人を見捨てると云った直哉の言葉は正しいと思う。
そうしなければ人間が生き残る可能性は万に一つも無くなって仕舞う。
それでも捨てきらないものもある。
それは遠い異国の両親であったり、別れた友たちであったり、
八十だってそうである。魔王として公言はしないが、
その力で北条の家を護っているようだった。
政府や国連にもいろんな提案されたが、それを魔王として
尽く打ち消し、君臨した。そうするように直哉に云われたからだ。
でも何故八十がそうまでして直哉に従おうとするのか
時折不思議でもあった。
盲目的なまでに献身するのとは少し違う。
八十はああ見えて芯が確りしている。
だから直哉に絶対というわけでは決して無い。
決してそんなわけでは無いのに何故、と思う。

不意に気配がして振り返るとたった今考えていた相手だった。
ふわり、と飛ぶように降りてきた友人は
何処かからか調達したらしい、アニエスヴェーのTシャツに
ジーンズという至ってラフな装いだ。
「お帰り」
「ああ、ただいま」
そういえば徹夜で帰ってきて先程起きたところだったから
まだ挨拶に行ってなかった。
(篤郎やカイドーにはそういった非礼が赦されている)
「皆どうしてる?」
「戦線はいつも通り、向こうも戦力は変わらない。でも半分以上押している」
「どうせミカエルが降りてこないと本格的に開戦もしないよ」
「だろうな、天使も焦ってるみたいだ」
「そう」
八十は遠い目をしてそっと花畑を眺めた。
妖精達は恐縮して仕舞って頭を下げるばかりだ。
「綺麗だね」
ざあ、と花弁が赤い夜に舞う。
それが酷く幻想的に見えて、あ、と篤郎は想った。

「どうして魔王になった?」
今なら訊けるかもしれない。
不意にずっと在った疑問を口にした。
何故直哉なのか、直哉でなくてはいけなかったのか、
他にも多くの選択肢があった筈なのにどうして直哉なのか、
仲が良いのは知っている。
身体の関係があることも疾うに知っていた。
驚いたといえばそうだけれど胸にあった痞えが
すとん、無くなってすっきりした。
奇妙にこの二人の関係は納得ができたし
その方がしっくりする気がする。
けれども、恋情で、そんな理由で
八十は世界を選択しない。
では何故なのか、と篤郎はそっと友人に尋ねた。
八十は青い眼を(この頃は益々青さを増して綺麗だった)
数度瞬かせてからそしてゆっくりと口を開いた。

「赦されたくないんだ、兄は」
赦されたくない、と口にした友人はまるで
友人では無いようだった。
遠い過去を仰ぎみるように月を見てから
もう一度「赦されたくない」と口にした。
「だからこそ俺は俺を殺した兄を救ってやりたい」
「兄の罪を赦せるのは神でも無く世界でも無い、
この世界で俺だけなんだ」

( ああ、これは原初の兄弟のはなしだ。 )
( とおいとおい昔のはなしだ。 )

「今兄を赦したら屹度あのひとは生きてはいけないし、
それを望まない、だから神様を殺して俺が赦すことにしたんだよ」

( かみさまをころして )
( だれをゆるすの )


「そうしたら屹度今度こそ兄は救われる」

( 原罪を背負ったのは果たして兄だけだったのか )
( 兄に自分を殺させた弟はどう思ったのか )

( いつか赦して欲しいと云ったのは果たして誰だったのだろう )


原罪の子供たち
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