※直哉=24歳、主人公=北条 八十(ほうじょう やそ)17歳。
魔王ルートED後。


実家に暮らしていた時も比較的一緒に
風呂に入ることが多かったが、
(何せ実家の風呂場は広かった)
直哉が青山に越してからもそれは同じだった。
週の水曜日と土曜日は直哉の家に泊まる約束だ。
平日は学校が終ってから、土曜は午前の授業が終わってから
直哉の家に八十(やそ)が来る。
大抵というかほぼ絶対の確率でやることをやってしまうので
(勿論セックスだ)翌日は必ず直哉が学校なり実家なりへ
車で送った。
先に入ってろ、と云ってから直哉は
手早く部屋を片付ける。散らかすのはあまり好きではない性分だった。
弟は長風呂が好きだ。どうせゆっくり浸かるのだから
後で直哉が入っても問題無い。
案の定気持ち良さそうに窓を(外からは勿論見えないサッシだ)
開けて浸かる弟は先ほどまで喘いでいたことなど
無かったかのように自然で普通だ。
幼いころからごく自然にそういったことを教えて仕舞ったので
(そうでなくとも八十は直哉よりずっと淡白だった)
情事の後の余韻もピロートークもあったものではない。
しかしそれでも時折どきり、とするような色気を魅せるのが
この弟の魅力といえばそうであるし、それが直哉だけでなく
他人にもそう魅せるというのは本人が無自覚な分些か問題ではあった。
そういった不貞の輩を今までも(何せ小学生の頃から、だ)
直哉は徹底的に社会復帰できないように潰してきたし、
そういう時の弟は直哉を酷く怒らせてるということが無自覚に色気を
ふりまいておきながらも一応わかるのか、大人しく直哉に従った。

ちょうど良い湯加減は確かに気持ちいい。
直哉も八十ほどでは無いが風呂は好きな方である。
だから越す時も風呂には少しこだわった。
二人で入るのも考慮して特注サイズである。
弟と向き合いながら昼間から風呂に浸かるというのは何とも
贅沢な気がした。
しかし直哉はその整った顔を少し顰めた。
「また、考え事か・・・その癖やめろ、指が傷つく」
普段生活していてもそんな癖は無いのに
(北条家は作法に厳しい、箸の持ち方から座り方、歩き方、
何からなにまで矯正される)
どうしてか風呂に入っている時だけ、弟は指を噛む癖があった。
爪ではない、指なのだ。親指であったり人差し指であったり
中指であったり、とにかく指で歯型がはっきり付くまで
(酷い時は少し紫色になる)
痛みが気にならないのか、ぼんやりと考え事をしていると
噛むようだった。
手を掴んで口元から剥がすと漸く弟の意識が直哉に向いてくる。
「ああ、うん、ごめん」
ぼおっとしてた。
と返される。考え事といってもまとまらないことばかりなのだ。
だから少し目線が宙を浮いている。
ぼんやりと別の世界に行って仕舞うようだった。
湯船の中で手を繋いでやれば弟は安心したように直哉にすり寄ってくる。
先程まで指を噛んでいたのが嘘のようにいろんなことを話だした。
直哉はそれを聴きながら心地良い音楽のようだと、
そう、思った。


「まだ、治ってないのか」
悪癖は無いくせ、この癖だけは治らないらしい。
直哉は呆れて弟を見た。
魔王になると宣言して比較的直ぐに直哉は風呂を用意した。
何せ一週間も風呂に入っていない、夏場にだ。
これはもう最悪と云えるだろう。
手近な悪魔に指示をして湯船を用意させ、
とにもかくにも弟を湯に引っ張り込んだ。
ついでに自分も浸かることにする。
それなりに準備をしていたので
弟達ほど悪環境ではなかったとはいえ
いい加減さっぱりしたい。
それに不潔な衛生状態はよくない。
篤郎達にも何はともあれ風呂に入れと指示をしたので
今頃は別の悪魔が面倒をみていることだろう。
魔王となった弟は、「ああ、うん、ごめん」と
お決まりの言葉を返して再び指を噛んだ。
直哉はその指を取り歯型の跡を舌でなぞる。
ゆっくりと指を絡めれば弟は安堵の吐息を洩らし、
この7日間にあったことを謳うように話した。
それは美しい音楽となり直哉の耳に響いた。


君に響くうた
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