※直哉24歳、主人公=北条 八十(やそ)17歳。
アダ名=ルナ(篤郎命名)


昨年出逢ったクラスメイトは尊敬しているひとの
従兄弟だという。
それを聴いた時篤郎は大層驚いたものだったが、
よくよく見れば成る程、何処かしら面影も仕草も似ていた。
尊敬するひとは天才と云われるプログラマーで
ルックスも頭脳も類を見ない。
名前を北条直哉さんという。
その従弟にあたる同い年とは思えないほど上品に落ち着いた
友人の名を北条八十(やそ)と云った。

今日は春休みを利用して直哉さんの家に遊びに来た。
すっかり友人になった八十も直哉さんの家に泊っているという
ことでそれだけでも随分気楽だ。
お昼も過ぎたころに訪ねると、重たい鉄の扉が開く。
外観は古いアパートだが中の内装は全改装しているらしく
デザイナーズマンションみたいに綺麗で広い。
毎回呆気に取られるが、柚子に云わせればこのぐらい当たり前らしい、
未だ行ったことは無いが八十の実家はもっと凄いらしかった。
(柚子はそれを筋金入りのお坊ちゃん、と云った)
居るものと思っていたリビングには直哉さんがパソコンで作業しているだけで
友人の姿は無い。八十は出かけたんですか?と問うと
中二階のロフト部分を指さされた。
ロフト部分は寝室らしい。
八十はまだ眠っているとのことだった。
八十が眠っている間にと(大声を出すな、と釘を刺されたけれど)
ここぞとばかりにプログラムでわからないところを質問する。
直哉さんはその都度作業を続けながら丁寧に篤郎に教えた。
忘れないようにそれをメモしながら、ふと指を見る。
長い指がキーボードを叩く様はなんとも絵になっていて
一瞬見惚れた。
「直哉さんって凄い爪綺麗ですよね」
「それがどうした」
当然とも云える答えなのだが篤郎は一瞬どぎまぎしながら
慌てて、変な意味じゃないんです、と付け足した。
「手入れとかしてるんですか?」
ネイルに通っていると云われたらうっかり信じてしまいそうな
綺麗な爪だった。形は丸くラウンド型で、どの爪も綺麗に左右対称だ。
「キーを打つ時に伸びていると邪魔だからな」
云われて嗚呼、成る程、と納得する。
確かに伸び過ぎると邪魔だ。
自分なんかはキーを打っていて爪先が痛くなったらやっと切ると
云う有様だ。あまり自慢出来たものでは無いがこの歳の男子なら
当たり前では無いだろうか、と考えたところでふと思い立つ。

「・・・そういえば・・・ルナも凄い爪綺麗だったなぁ・・・」
従兄弟(この従兄弟の場合は殆ど兄弟でいいと思う)
揃って爪が綺麗なんて、容姿がいいに越したことは無いけれど
少し完璧すぎやしないだろうか、と考える。
しかしそれは直哉さんの一言によってとんでもない方向へと流れた。
「当たり前だ、俺が手入れしているからな」
「はへ?」
はへ、なんて漫画みたいに間抜けな声を出してしまったのも
赦して欲しい。
え、今なんて言った?このひと?
もう一度顔を見ると直哉さんはなんでもないかのように
コーヒーを啜っている。
「あの、ルナの、ええと八十の爪を直哉さんが手入れしてるんですか?」
怖々もう一度聴いてみる。
直哉さんは、ス、と俺を冷たく一瞥してから、
フン、と鼻を鳴らした。
「何か問題でもあるのか?」
その眼があまりにも冷たかったので
(しかし尊大な物言いがこれほど似合うひともいないと思う)
思わず俺は、いえ!ありません!と大声で答えた。
直後に「大きな声を出すな」
と叱られるのはもう必然だった。

暫くしてからやっと起きてきた八十に
篤郎は更に信じられないものを目撃する。
いそいそと直哉さんが八十の元へ行き、丁寧に寝ぐせを直してから
食事を用意した。(勿論その間俺は手持ち無沙汰だ)
八十は酷いくらいに寝ぼけているようで篤郎の存在にすら
気付いていないようだ。
もそもそと用意されたブランチを食べる。
「八十っていつもああなのかな・・・」
考えるに想像しにくい、いつもは確りしていて
控え目に微笑む人の良い友人だ。こんな姿を見るのは勿論初めてだった。
しかし何より衝撃だったのはあの直哉さんが
八十にだけ甲斐甲斐しいことなのかもしれない。
切ないくらい放置されてから、(軽く一時間半ほど)
八十はもう一度寝る、と云ってまたロフトへと上がって行った。

「・・・いいんですか?直哉さん、八十寝ちゃいますけど・・・」
いくらなんでも寝過ぎでは無いだろうか、と
茫然としていると、直哉さんはかまわない、とだけ云った。
「八十はロングスリーパーだ、別に問題は無い」
そういう直哉さんはどう見たってショートスリーパーだ。
兄弟のような従兄弟、7つ歳が離れていたらそれなりに可愛いのかも
しれない。八十の家はそれだけじゃなくても少し箱入りだ。
遊びに誘うのだって一年の頃は苦労した。
最近になってどういう事情かわからないけれど
直哉さんが赦したからこうして自分も八十と買い物へ行ったり
遊びに行ったり出来るようになったのだ。
だからこの兄弟は少し特殊なのだ、と思うことにした。
特殊なのだ。特殊だから仕方無い。

ただ、弟の爪を弄りながら優しく八十の眠りを見守る
直哉さんの姿を想像して、少し胸の奥が痛んだ。


ロングスリーパー


若干篤郎→八十、篤郎→直哉。

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