※直哉12歳、主人公=北条 八十(やそ)5歳。


夜中になると直哉は決まった時間に目が覚めるように
なった。それもこれも隣に眠る小さな弟の為だ。
12になって出来たこの小さな弟は
直哉の父の弟にあたる分家筋の一粒種で
7つも歳の違う小さな子供はそうして
事故で両親を失った直哉の家族になった。
名前を八十(やそ)と云う。
何処の代でそう決まったかは知らないが
数字が入った名を付けるのがこちら流らしかった。
しかし80番目というわけではない、本来なら九だったが
九は不吉だということで8と10の間、それで八十(やそ)
なんともし難い名前であったが、それがこの可愛い弟の名前であった。
引き取られたその日からずっと直哉にべったりのこの弟を
直哉は酷く可愛くて小さいものだと認識した。
庇護すべき対象として、或いは生甲斐になりつつあるのかもしれない。
引き取られてからあまりに頻繁に小さな足でとてとてと
直哉の布団に入ってくるので結局一緒に寝ることになった。
叔母は、ごめんなさいね、と八十をたしなめるが、
かまわないと、云ったのは直哉だ。
この小さな温もりがあれば直哉は酷く満ちた気分になった。

隣の時計を確認すると1時、深夜だ。
いい時間である。
直哉はそっと八十を揺さ振った。
「八十、起きて」
「ん・・・」
幼い弟はこの間直哉と一緒の布団に入っておねしょをするという
失態をおかした。おねしょ自身は仕方の無いことだが、
このままではいけない。
だからこうして直哉は小さな弟を夜中にトイレに連れて歩くのが習慣になった。
旧い造りの家だからこのだだ広い長い廊下は幼い八十にとって相当怖いものだろう、
直哉ですらこの薄暗い広い屋敷は何かしら思うところがある。
幽霊が出たって屹度驚きはすまい。だからこの小さな弟の
おねしょを責めるのは少々可哀相な気もする。
半分眠りながらもなんとか立とうとする八十の手を取って
直哉は深夜の廊下を歩く。
トイレまで連れて行ってやり、ズボンを下ろす。
半分寝ているので最後まで面倒を見ないと粗相するからだ。
水を流したのを確認してからきちんと服を直してやる。
「ほら八十、ちゃんと手を洗って」
「ん」
小さな弟を洗面台へ抱えてやり水を流して手を洗わせる。
タオルで丁寧に拭いてから直哉は再び弟の手を引いて
部屋への路を歩きだした。

「さ、着いたよ」
「さむい」
「うん、だからこうして暖まろう」
先程より少し冷えた布団に入り込み
ぎゅうぎゅうと弟を抱き締めれば
くすぐったそうに八十が笑った。
それが可愛くて、この小さくて可愛い弟がずっと
この腕にあればいいのにと漠然と思った。


小さな温もり
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