最後の季節/※オブシェ
世界が黒い太陽に本格的に覆われ始めたのは
その年の暮れだった。
EGGの施設が漸く機動しだし、
自分達も各々の専門分野に分かれて
日々研究に埋もれていってそのことをすっかり忘れていた。
暦の上では季節は春だ。
世界の多くの人間と生き物が地下へと逃れるように
移動し始めた。
キュヴィエ症候群の治療法は依然見つからないまま、
人類は窮地に立たされている。

スカルアンドボーンズに大学在学中に
リクルートされたヒートとサーフは逸早く
組織によって保護され、国という体制が随分
傾いた今でも優遇されていた。
EGG施設内はおおよそ必要なものは施設内で
手に入り、様々なお店や、娯楽施設、生活をする場所も
併設されている。
研究者にとっては快適な施設だ。
太陽の光を遮断するための「膜」も順調に威力を
発揮しつつあった。
けれどもまだ実験段階で、まだ「膜」に覆われていない
箇所もある。人類よりも耐性の強い一部の植物はまだ根付いていた。

その日のノルマをなんとか終え、
研究課題を片付けてから、首を鳴らしながら
施設の休憩所にヒートが訪れたのはもう夕方近くだった。
ボーンズメンであるヒートは実質、医療部門の開発チームの
責任者である。休憩所の珈琲を手にとって、
適当な椅子に座りぼんやり外を眺める。
誰も人など通って居ない其処は「膜」がまだ張られていない
地域だった。室内の此処は安全ではあったが「膜」の外は
わからない。珈琲を飲みながら外を眺めていたヒートは
ある一点を見つめ固まった。

「サーフ!!」
間違いない、サーフ=シェフィールドである。
大学時から奇妙な縁のままサーフに導かれるようにして
今の場所に居た。ヒートは驚き思わず手にあった珈琲を零す。
サーフの居る場所は「膜」の外だ。保護されていない場所だ。
確かに「確実」に成るとはいえない。だが、万が一にも硬化が
始まったとしたら、人類を壊滅に追いやろうとしている
キュヴィエ症候群がサーフにまで襲ったら、
考える間も無く飛び出していた。


「サーフ!」
外は陽射しも幾分かは和らいでいるようだったが
背筋が凍る。
一瞬息を飲んでから、視線を彼に戻し、其処まで
走った。
「ヒート」
腕を掴み影まで引っ張る。

「莫迦!おまえ、、、っ!!」
心臓が止まるような思いでサーフの腕を握り締める。
あの病気を間近で見てきたからよくわかる。
サーフまで、目の前のこの友人にまでその脅威が
迫るかと思うと耐え切れない。
ヒートはそのままサーフの脈を確認し、
目を確認した。
「ああ、大丈夫だよ」
「言い切れないだろ、舌だせ」
舌を出させて確認する。大丈夫だ。
でも安心は出来ない。
「なんだってこんな・・・」
「今日は大丈夫だと<16号>が云ったよ」

テクノシャーマン16号、言葉を発せられない
電脳の巫女、研究段階の素体だ。
ヒートの研究もサーフの研究も一環して
このテクノシャーマンにあった。
産まれること自体が奇跡のような存在である。
網膜とコンピューターを連動して会話をした。
「だからって、そんな、、!!」
「大丈夫だよ、ヒート」
再び影から出ようとするサーフの腕を捕らえる。
たまらずに抱き締めた。
「駄目だ、無茶はさせない」
抱き締める腕に力を込めるとサーフは呆れたように
微笑む。

「彼女がね、欲しいというんだ」

<彼女>とは16号のことだ。
サーフは心理分析を専門に行っている。

サーフの指さした先には白い小さな花があった。
「花・・・」
珍しい、花など、見るのは何年ぶりだろうか、
白い花は僅かながらも群生し、
春を告げていた。
「そういえば春だもんな・・・」

サーフは今度こそヒートの腕を逃れ
その花に手を伸ばし、数本を手に取った。


「明日逝くのだって」

何人目だろう、何回目だろう、とサーフは云う。
「16号が・・・」

16号の先見はその通りになる。
彼女は寿命を告げたというのか。
サーフは重たく息を吐き目を伏せた。
「何度繰り返してもこうなるんだね」
何度繰り返しても短命の彼女達は死んで逝く。
それを一番見ているのはサーフだ。
サーフは白い花を大事そうに胸元に抱え、
振り返ってヒートを見た。

自分達がやらなければ確実に人類は滅ぶ、
世界は失われる、
その為にどんな犠牲を払っても研究は
続けられる。
優秀な彼はそんなことは悟っているのだろう。
でも理屈では云えないような辛さがある。
わかっていても人は感じてしまうのだ。
世界の理不尽を。

ヒートは俯き、再びサーフを抱き締めた。
日の光の下で。
このところサーフは疲労しきっているように見える。
失っていくことに、理不尽な世界に、
何もできない自分に。
勝気な彼の志は遥かに上だ。
それを支えようと着いて行ったのはヒートだ。
目があったサーフに口付けをする。
久しぶりだった。

サーフはまぶしいものでも見るかのように
目を細め、そして伏せた。
美しい友人は泣いているようにも見えた。


「きっともう、来年は見れないね」


これが最後の春だった。


この2年と半年後、19番目の<彼女>と向い合う
彼は、あの頃の面影など無いように、其処に佇んだ。
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